第1回 アフリカ・ルワンダでソフト開発を行うことになったきっかけ(前編)

第1回 アフリカ・ルワンダでソフト開発を行うことになったきっかけ(前編)

WiredIn Japan株式会社 代表の田中と申します。

弊社は、アフリカ・ルワンダのソフトウェア開発会社、WiredIn社の日本法人として、今年9月に立ち上がった会社です。

このブログは、不定期更新になるとは思いますが、アフリカ・ルワンダでオフショア開発を行う弊社及び現地の会社の様子や取り組みなど、少しづつでもお伝えしてければ良いなということで、書いていくことにしました。

アフリカは日本からはまだまだ遠い印象の地域だと思います。

よくアフリカとひとくくりに見てしまいますが、アフリカという国があるわけではなく、アフリカ大陸中には54カ国もあり、エリアごとに、民族・言語・習慣の違うところです。

その中でも、弊社はルワンダにおいて、ソフトウェアの受託開発ということを行っています。

すでに、アフリカ、ルワンダでのオフショア開発に最初に取り組み始めてから、すでに4年近く経とうとしています。

これまでの取り組みの中で、2013年のTICAD Vを始め、アフリカに関連するビジネスセミナー、展示会、様々なところで事業の説明等させて頂いてきたのですが、必ず最初に聞かれるのは、「どうしてルワンダでやろうと思ったのですか?」という質問です。

ということで、これはこのブログの初回にふさわしいトピックかと思いますので、「アフリカ・ルワンダでソフト開発を行うことになったきっかけ」をお届けできればと思います。

詳しくはまた後の回で説明出来ればと思いますが、当初、本事業は、レックスバート・コミュニケーションズ社として取り組みを進めてきておりました。

まだWiredInが立ち上がる前の、2011年の夏頃、きっかけは日本国内向けの新サービスを開発している最中でした。CTOという立場で、サービスの開発に取り組んでいたのですが、ある時CEOよりルワンダ人の奥様を持つ日本人でルワンダのコーヒーの輸入を行ったりしている方のご紹介を頂きました。

なんでも、今ルワンダではIT立国を目指しソフト開発できる人材もいるので、何かできることはないかという相談からでした。

それまで、私のルワンダの認識というと、聞いたことはある気がするけど、、アフリカの国でしたっけ、、? といったレベルでした。全くの予想外でした。

私は過去にはSEとして、主に東アジア圏の国々と業務上で連携したり、またアメリカで開発されたデータ配信技術を日本に導入するために、アメリカの開発チームと連携して業務をすることなど、海外の技術者とネットを通して仕事をする経験はそれなりに持っていました。

アメリカはともかく、東アジア圏の国との仕事では正直上手くいった印象はなく、その印象から、オフショア開発については基本的には否定的なスタンスでした。

ただ、アフリカ・ルワンダ・ソフト開発というキーワードが、全くの予想外だったためか、オフショア開発に対する否定的な印象より先に、そのインパクトの方が上回ってしまい、その場では断らずに、ちょっと検討してみますという回答になったと記憶しています。

思えば、ここが大きなターニングポイントだったのだと、今になると思います。

続く…

この記事の著者

田中 秀和

WiredIn Japan 代表取締役 CEO

大学生時代から開発系インターン経験し、ソフトバンクグループの開発会社に新卒入社。約6年、大規模システム開発やプロジェクトリーダーとして活躍した後、米国の技術開発スタートアップに参画し日本国内のCTOとして経験を積む。その後、レックスバート・コミュニケーションズ社を起業。 2011年頃より、とあるきっかけからルワンダでのオフショア開発に着手。2014年に、現地のパートナーとともに「WiredIn LTD」を立ち上げる。 2015年9月にWiredIn LTDの日本ブランチとなる「WiredIn Japan 株式会社」を設立し、代表に就任。